カリスマ大学生が思う事

大学生活、人間関係、恋愛、読書、芸能、音楽、詩、その他偏見

起きてるのか、起きてないのか

最近朝起きれない、、、正確には目は覚めてるんやけどお布団から身体を起こすという至難の技ができない。。。


これは暑さのせいか?暑さのせいなのか?
夜は寝れないし朝は起きれない、ので学校にもあまり行けてない

テストで点を取る前に欠席過多により大学生活終了しそうです。、

テスト頑張るから単位くれ。。。

部屋を掃除することはできる

こんばんは、久しぶりに部屋をまじまじとみてみたら思った以上に汚かったナツメです。

 

部屋の掃除は不定期なので気づいた時にやっているのですがなんせやるまでが汚い。

講義資料や本が散らばっているのは知的っぽい(ぽくない)ので全然いいのですが、ティッシュ、ペットボトル、配達の入れ物、お菓子の袋とかが散らばっていると本当に自分の雑さにショックを受けます。ここはゴミ箱かと。

 

しかし、決して掃除ができないわけではないのです。

気づいたときにしか掃除をしないにしてもしだしたら早いし自分でいうのもなんですがなにより綺麗になります。基本的な整理整頓、使うものあまり使わないものの配置、インテリアの細かいホコリまで完璧です。

 

だた、それ以上に汚くなるスピードがはやいんです。

掃除終わって10分くらい部屋で何かをやっていて周りを見渡したらもうすでにあの綺麗な部屋は若干の汚らしさを覚えてしまっています。10分でそれです、一週間もしたらどうなるかなんてもはや言わなくてもわかると思います。たぶん想像通りです。

 

どうしたら、この問題を解決できるかを考えて早30秒、一つの結論が出ました。

たぶん僕にはものをゴミ箱に入れる脳がないので『ごみ』となりうる可能性が1%でもあるものを自室に持ち込まない、という結論。

実際必要なもの(パソコン、本、ギターなど)だけやったら散らかりようがないのではないのかというとても名案だと思います。今日から始めてみたいと思います。

 

PS:文章を見直そうとして冒頭に戻ったら本も散らかっていたので名案は駄作へとかわってしまいました、また名案をひねり出します。おやすみなさい。

悪魔とかたつむり

怖がりな小生

 

魔除けの為の盛り塩

 

お塩をお皿に乗せようとしたら

 

私、消えてしまったよ

 

ちょきん

舌ちょん切ったら何も話せなくなるって


脳みそちょん切ったら何も考えれなくなるって


この切符ちょん切ったら電車から降りれなくなるって


この糸ちょん切ったら僕が僕じゃ無くなるって



読書なんてしなくていい

こんばんは、ナツメです。

僕は趣味のひとつに読書があります。ジャンルは小説、詩集に自己啓発本などさまざまですが最近本を読んでいて思うことがあります。

 

読書なんてする必要がないのではないか?

正確には読書をすることが絶対的に正しいのかという疑問です。

 

今月はバイトも辞めてしまって自分だけの時間が多く取れたので必然と本を読む時間も増えて気づいたら8冊読んでいました。

 

なぜ読書をするのか、それは本を読むことに何か人生のヒントを求めているからです。

でもそれは本を読む人の話です、本を読まない人はそれをする必要がないのではないかと思います。

実際、『読書をしなさい。』と昔はよく両親に言われたのですが当時は全然本に興味がなかったしそもそも活字が嫌いだったので本とは無縁の生活を送っていました。当時の僕はたぶん本を読む必要がなかったのでしょう。

 

読書をすると知識がつきます、それは事実です。難しい単語や自分の専門分野以外のことなどが自然と目に映りこんでいきます。それに見たことない世界を見ることができます。それはフィクションでもノンフィクションでも同じです。例えば自分が体験したこと同じようなノンフィクションがあったとしてベースは同じでも過程が違います、10人が同じことをしはじめても10通りの結末になるのと同じように。そういう知識がつく、世界が広がるといった意味ではいいのかもしれません。

今の僕は本を読むのが好きだし読むことに対するメリットも感じているので今の僕には読書というものは必要なものです。

 

しかし、知識というものは本の中にあるものが全てではないですし実際に何でも行動に移せる人が仮にいるとしたらわざわざ疑問に思ったことのヒントを本に求めるよりも実際にやってみたほうが早いですし得るものも本を読んでいる人間より圧倒的に多いと思います。知識じゃなくてもある一定の状態における心情や景色というものも実際に見ることができるのであればそれをすればいいと思うし聞ける相手がいるのならいよいよ本なんて本当に読む必要がないのではと感じています。

それができる人は、読書をする必要がないのではないかと思います。

 

やはりそれぞれにおいて必要なもの、必要じゃないものがあると思うので「誰々さんがこれが正しいといったから」ではなく「自分がこれがした」と思うものが本当に今自分に必要なものだと思います。

 

僕にとっての読書は必要な人生の一部です。

相合傘

ふたりで1つの傘に入っているとき

 

僕は幸せだった

 

僕が君を家に送り届けたとき

 

僕はずぶ濡れだった

 

君が好きだった

夜のせい

夜だから泣けてきちゃう

 

夜だから病んじゃう

 

夜だからつい言ってしまう

 

夜だから 全部夜のせい